今、ひもとく!サッカーの歴史と起源!

はじめに

世界の競技人口、第2位を誇るスポーツ、サッカー

その数はなんと、2億6000万人以上と言われています。

しかし、こんなに愛されていながらも、サッカーの歴史や起源を聞かれると競技者でさえも答えられないことが多いのが現状です。

今回は、サッカーがどうやってここまで世界中で愛され広まっていったのか、ひもといていきたいと思います。この記事を読めば、サッカーの歴史がわかり競技への愛が更に深まります。

サッカーの起源

サッカーの歴史は古く、実は起源は今も不明となっています。

その中でも3つの有力説があります。順に解説していきたいと思います。

中国起源説

中国の伝統文化「蹴鞠(しゅうきく)」という遊びから、サッカーが誕生したんじゃないかと言うのが1説にあります。

欧州のイメージが強いので、起源が「中国」と聞いて、あまりピンとこない方がほとんどだと思います。

しかし、FIFAの公式ホームページでも起源は中国と言う紹介がされており、かなり有力な一説とも言えます。

蹴鞠は、紀元前300年前に中国の斉で軍事訓練として用いられていました。漢王朝の時代には、12人1チームで現在のゴールにあたる「球門」にボールを入れた回数を競うと言った、今のサッカーにとても近いルールで行われていた歴史があります。

イタリア起源説

8世紀以前のイタリアでは、サッカーの勝敗にお金を賭ける「カルチョ」と言う賭博の遊びが存在しました。

カルチョという名称は、イタリア語で「蹴る」を意味する、「calciare」という言葉からきています。

カルチョは、決められたスペースの中で、決められた人数でボールを蹴って競い合うと言ったルールで、現代のサッカーととても似ています。

現代のサッカーができるまでの過程に、イタリアではこのカルチョの存在があり、これがサッカーの起源になったとも言われています。

中世イングランド起源説

続いてはイングランドでサッカーが誕生したと言われる「中世イングランド起源説」です。

この説は実は有名で、サッカー愛好者などに起源を尋ねると最も多く回答されるのがこの中世イングランド説です。

8世紀ごろのイングランドでは、戦争に勝利すると相手の将軍の首を切り取るという風習が存在しました。戦争に勝利した兵士たちが切り落とした首を蹴っとばして遊ぶことが行われており、そこから蹴るものがボールにかわり、サッカーとなったというのが中世イングランド説の由来です。

サッカーはどうやって世界に広まっていったのか

サッカーが世界中に広まった大きなきっかけは、19世紀にイギリスで始まった「産業革命」です。

蒸気機関などの発明が相次ぎ、イギリスから世界に様々な製品が輸出されました。その際に、多くの技師が船に乗って全世界を渡りサッカーを全世界に広めました。

サッカーはまたたく間に世界中に広まっていきました。その理由は、サッカーは他のスポーツや野球の様にバットやグローブなど特別な道具は必要なく、ボール1つあれば手軽に遊ぶことができたからです。そのため、道具が買えない貧困な国や地域でもハードルが低く始めることができました。

日本にサッカーが伝わったのは1873年です。

イギリス軍人のダグラス少佐が、休憩時間などに日本海軍の軍人に息抜きとして教えたのが始まりです。その後、横浜や神戸でサッカークラブが作られ、1878年には坪井玄道が現在の筑波大学の前身である東京高等師範学校体操専修科に教科として加えました。そしてこの卒業生が全国に教員として配置され更に広く伝わっていきました。

その後、日本のサッカーはオリンピックでも活躍し、1968年のメキシコ大会では銅メダルを獲得する快挙を成し遂げました。

1933年には、日本初のプロサッカーリーグ「Jリーグ」が誕生、2002年には日韓共同開催で、アジアとしては初のワールドカップが開催されました。

まとめ

いかがでしたでしょうか?今回は、サッカーの歴史、起源について話していきました。サッカーの発祥の起源には3つの説があること、サッカーが誕生し世界にそして日本に伝わるまでの歴史を細かくひもといていきました。読者のみなさんがこの記事をきっかけに、更にサッカーへの愛が深まることを願っています。

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カテゴリー: Sports

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